認知症になったお隣のおじいちゃん
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最終更新日:2014/01/13
みんなに聞いてほしい介護エピソード 介護, 認知症
長年自治会長を務められたとお聞きしましたから人望と責任感がある方だったのだと思います。お隣のおじいさんは私にとっては「優しい人」という印象でした。
結婚して今の自宅に越してきたのが十数年前。右も左も分からない世間知らずの私でしたが、ご近所への挨拶ではみなさん穏やかに対応してくださり安心したのを覚えています。
昔から人にモノを聞くのは比較的上手でした。引っ越し翌日からご近所さんにいろいろ教えていただくのが日課となり、その地に馴染めるよう努力したのを昨日のように思い出します。
なかでも我が家のお隣のおじいさん。越してきた当時は元自治会長を長期間なさっていたとはまったく知りませんでしたから、お庭に出てくるおじいさんを見付けるや他愛ない話をして昼下がりを過ごしていました。
息子さん夫婦との二世帯住居のようでしたが、私がお話しするのはもっぱらおじいさんでした。
自宅周りをお掃除されている姿を見るたびに、しっかり自立されたご老人だなあと感心したものです。
月日は流れ、私も二人の子を産み慌ただしい日々を過ごしていました。恐らく子どもたちの泣き声や私の叱る声が近所中に響いていたと思います。恥ずかしいと思いながらどうしようもなく毎日騒がしい我が家。
顔を合わせるたびにおじいさんに謝っていましたが
「気にするな」
と笑い飛ばしてくださって、肩の荷が下りたのも事実です。
上の子が幼稚園、下の子もよちよち歩き始めたころだったと思います。ゴミ集積所の掃除当番が一ヶ月に一度くらい回ってくるのですが、たいていお隣のおじいさん宅とペアで担当していました。
その日も下の子と掃除をしているとおじいさんがやってきました。
いつも通りご挨拶をすると不思議そうな顔をされて
「どちらさんだっけ?」
驚きましたが、認知症の祖父が同じようなセリフを言っていましたので動揺を抑え隣の者ですと説明しました。
初めの頃はすぐに思い出してくれましたが、認知症の進行は早く、徐々に分からなくなっていったようです。
認知症になって、記憶は薄れたとしても、他の家族に任せずゴミ当番はきちんとこなしていましたからやはり責任感が強かったのでしょう。
認知症の症状がさらに進行して、私たちのことを全く知らない人として見えていたとしても、我が子に優しく声をかけて抱っこまでしてくれました。
やはり優しい方だったのです。
「おじいさん。ずいぶん助けていただいたのですよ」
しっかりお伝えする前におじいさんは一昨年に亡くなりました。
心から感謝しております。
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